女将からのお知らせ

2011/05 の記事一覧

「かもめの視線」で!“がんばってます福島”

昔から「いわき七浜」といわれるように、いわきの南から北まで60キロの海岸線に9カ所の海水浴場を持ち、それぞれ特徴のある美しい海岸が私たちの自慢でした。
ところが、この度の津波でその姿は変貌を遂げ、無惨な姿になってしまいました。

震災前に、この景色を酒井英治さんがモーターパラグライダーで空撮。
アコースティックギターの♪美しい曲♪に乗せての空中散歩を『YouTube』で紹介しています。

【かもめの視線】で検索してください!

今まで当たり前だと思っていた風景が、なんかとっても懐かしくて・・・。 
涙でかすんでしまいました。
いつかきっとこの景色を取り戻したい!取り戻さなくては!
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この装備は「サンマ漁」?“がんばってます福島”

ひときわ大きな汽笛を鳴らしながら、大漁旗を立てて船が出港していきました。
この装備だとサンマ船かと思っていましたが、サンマ漁にはまだ早いし、ここ数年休漁していた北洋漁業「サケ・マス漁」ではないかと思います。
この時期出漁して、秋のサンマに切り替えるのが通常でしたが、採算の関係でサンマ漁のみになっていたのです。
この度の津波で、東北地方は多くの漁船を失いました。
それで小名浜港からも、今まで休漁していた「サケ・マス漁」に出たのでしょう。
家族の「はげんでこいよぉ〜!」の見送りに答えるよう、大漁を祈っています。 [全文を表示]

世界の「コバケン」が、ピアノを!“地産地消福島の宿”

丁度 去年の2月15日に当館小名浜港一望のお部屋で、「小林研一郎とゆかいな仲間たち」というNHKの特別番組の収録をいたしました。
小林さんは、ここ小名浜の出身で、チェコフィルハーモニーの客演常任指揮者などを務められ、世界のコバケンとして名声を博しています。
故郷が受けたこの度の被害にとても心を痛め、精力的にチャリティーコンサートを開催して来たそうです。
音楽家らしい手助けをと、この度津波の被害を最も受けた豊間中学校と永崎小学校にグランドピアノ始め、多数の楽器を寄贈して下さいました。
「あきらめず、目標を見つけることが、復興の礎になるのではないか。失礼かもしれないが、皆さん、あきらめないで」のメッセージとともに・・・。
これらの楽器を使って音楽に親しみ、第二・第三の「コバケン」がいわきから育つことを願っています。 [全文を表示]

NEW秋刀魚?“地産地消福島の宿”

伊豆の味「おか田」様より、ニューサマーオレンジをいただきました。
伊豆は今、みかんの花が盛りだそうです。海をバックに白いみかんの花々、さぞきれいでしょうね!

私が若い頃、伊豆の北川町に実習で1ヶ月ほど滞在したことがありました。寮の近くに八百屋さんがあって、そこで見慣れないみかんを見つけ「これは何というみかん?」と聞くと、おじさん曰く「ニューサンマだよ!」
いわき生まれの私は、どうしても「サンマ」と聞くと「秋刀魚」をイメージしてしまうのですが・・・。
それ以来、ずっとあの果物は、「ニューサンマ」だと思っていました。
この度、岡田様よりいただいて『あの』みかんが、「ニューサマーオレンジ」だっていうのがわかりました。
でも調べてみると、年輩者の間では今でも「ニューサンマ」って呼ばれているとのこと、間違いではなかったんですね!
岡田様いつもお気に掛けていただき、感謝いたしております。 [全文を表示]

珍しいアスパラガスです!“地産地消福島の宿”

長野県湯田中温泉の「清風荘」様より、二種類のアスパラガスとりんごジャムをいただきました。
今注目されているアントシアニン色素の多い野菜たち、紫色品種のアスパラガスもあるんですね!
どうもありがとうございました。

yudanaka-seifuso.com/fivepoints/index.html
「清風荘」様は、りんご風呂・黄檗(きはだ)風呂など造りの違うお風呂が四箇所。ゆっくり湯めぐりを楽しんでいただけるお宿です。信州ならではの食材を使ったお料理とともに、旅人の心と体を癒してくれることでしょう!

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「子どもたちは、どこへ行ったの?」“地産地消福島の宿”

この度の事故の影響で、相双地区の立ち入りが禁止された警戒区域など避難区域の小中学校23校の児童生徒 5000人が、それぞれ散り散りになって避難先の学校に通学しています。
大人の都合で、仲良しのお友達との別れを余儀なくされて、子どもたちは転校先で馴染めているのかしら?
子どもたちの不安とストレスは、幾ばくかととっても心配です。
当館に避難のSちゃんは、幸い元気に小名浜東小学校に通っています!
「女将さん、こっちの学校の給食は、ご飯よりパンが多いの!」って。 [全文を表示]

やっぱり食べられないんです!“地産地消福島の宿”

東京の山内様よりプリンスメロンとキャベツが届きました。
先月も交通事情が悪い中、皆さんにわざわざお菓子を届けに来ていただき、重ね重ね感謝のことばもありません。ありがとうございました。
今日も広野町のお母さんたちが、「今うちの畑にはちょうどいい具合に結球したキャベツや玉ねぎが出来ているんだけどねぇ〜・・・。」
でも規制があって食べられないんですよね!
「未練が出るからって、知り合いの人は廃棄しちゃったって!」
悲しいことですね! [全文を表示]

アクアマリンパーク周辺は!“地産地消福島の宿”

津波で大きな被害を受けた、1,2号埠頭(アクアマリンパーク)周辺は、瓦礫の撤去は済んでいますが、「いわき・ら・ら・ミュゥ」も壊れてしまったガラスをベニヤ板で塞いでいたり、敷石は剥がれたまま、岸壁もこんな感じで、まだまだ修復の工事は、入っていません。 [全文を表示]

芸術的な「そば」です!“地産地消福島の宿”

前橋市の会席そば「草庵」の杉山様より、こだわりの大和芋をいただきました。
ありがとうございました!
「草庵」様は、全国蕎麦100選にも選ばれた前橋を代表するそばの名店です。

写真は、ご主人にしかできないという門外不出の看板メニューの花衣(はなごろも)海老の天ぷらです。
特上更科粉を糸状に、籠状の衣に覆われた姿は芸術的で美しく、何よりとってもおいしいんです。
今まで食べた海老天をイメージしていた私は、目から鱗で感動してしまいました。

もちろんそばもいうことなしで、更級系でコシのある、そばの香りが鼻に抜ける感じが、今でも忘れられません!一分の隙もない洗練されたおそばです。前橋にお出かけの際は、是非どうぞ!

会席そば 草庵 [そうあん]

群馬県前橋市荻窪町1230−1
рO27−269−0936
営業時間/11:00〜14:00(月曜日)
    /11:00〜17:00(水曜日〜日曜日)
定休日 /火曜日








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「どんなブログを書いたの?」“地産地消福島の宿”

広野町から家族で避難の小学3年生のSちゃんが、先日「女将さん!きょうはどんなブログを書いたの?」って聞くので、ちょうどボランティアのことでしたから、
「Sちゃん!今私たちは地震で大きな被害に遭い、多くの皆さんの助けのお陰でこうして暮らしているんだけど、もしSちゃんが少しでも自分に余裕が出来たら、自分よりもっと困っている人のために何かしてあげられる人になってね!」と話したら、真剣な目で聞いていたと思ったら、大きく頷いてくれました。 [全文を表示]

口ずさむ歌♪♪♪“地産地消福島の宿”

震災直後、避難先でよく孫と歌った歌が「アンパンマンのうた」でした。
最近 また気がつくと口ずさんでいたりするこの歌、調べてみました!

子どもの歌と思っていたら、実は作詞者のやなせたかしさんには、特攻隊で戦死された弟さんがいらっしゃり、その思いを歌詞に込めた、実は大人のための歌だったそうです。
そう思って注意して歌詞を見ると、深い内容になっているんですね!

「アンパンマンのマーチ」
1 そうだうれしいんだ   生きるよろこび
たとえ胸の傷がいたんでも

なんのために生まれて   なにをして生きるのか
こたえられないなんて   そんなのはいやだ!

今を生きることで   熱いこころ燃える
だから君はいくんだ   ほほえんで

そうだうれしいんだ   生きるよろこび
たとえ胸の傷がいたんでも
ああアンパンマン   やさしい君は
いけ!みんなの夢まもるため

2 なにが君のしあわせ   なにをしてよろこぶ
わからないままおわる   そんなのはいやだ!

忘れないで夢を   こぼさないで涙
だから君はとぶんだ   どこまでも

そうだおそれないで   みんなのために
愛と勇気だけがともだちさ
ああアンパンマン   やさしい君は
いけ!みんなの夢まもるため

時ははやくすぎる   光る星は消える
だから君はいくんだ   ほほえんで

そうだうれしいんだ   生きるよろこび
たとえどんな敵があいてでも
ああアンパンマン   やさしい君は
いけ!みんなの夢まもるため

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「私一人では、どうしようもなかった!」“地産地消福島の宿”

当館の下のお宅は、津波が入って後片づけもままならない状態でした。
今日 つくばみらい市からボランティアの方々が、手弁当で駆けつけ、きれいに片づけをして下さっていました。
「年寄りを抱えて、私一人ではどうしようもなかったの!」と奥さんはとっても感謝していました。
また避難先でも、お年寄りは自分の家にいるような錯覚をしていると、困っていました。
「早く修理が済んでここに帰って来られるといいですね!」
今回の震災で、多くのボランティアの方々のお世話になりました。見ず知らずの方がここまでして下さるなんて・・・。人の心の温かさに触れ、【ひと】って、なんてやさしいんだろうと思いました。 [全文を表示]

水産業界の未来を担って!“地産地消福島の宿”

福島に唯一の水産高校、「いわき海星高校」は、今回の津波で校舎が壊滅的な打撃を受け、お隣の「小名浜高校」の校舎一部を借りて学習しています。 [全文を表示]

首の骨が折れた・・・!“地産地消福島の宿”

恐竜、特に竜脚類の首は、どうしてあんなに長いのでしょう?
頸椎の関節の形から、上に上げるよりも、左右に動かすことに適していたと考えられています。
森の中に入っていったり、体を動かしたりすることなく、足場の良いところから長い首を使って、広い範囲の植物を食べることができた、という見方があるそうです。
「いわき石炭化石館」の恐竜の骨が、地震で崩れてしましました。修復が完了するまで休館しています。
もうしばらくお待ち下さい。 [全文を表示]

重大な任務を受けて!“地産地消福島の宿”

本来の役割とは異なるその構造が故の任務を受けて、メガフロート(大型浮遊式構造物)が静岡から横浜経由でここ小名浜港に寄港しました。
静岡市では海釣り公園として利用されていたとのこと、この度の先の見えない不安の一役を担ってくれることでしょう! [全文を表示]

「秋の実り」を無駄にしないで!“地産地消福島の宿”

子供の頃、母から「お米は、お百姓さんが八十八の手間暇を掛けて作るのだから、一粒も無駄にしないで食べなさい!」と言われて育ちました。
今年ばかりは、農家の方たちも耕作して良いものかどうか?
例年の二週間遅れの田植えがそろそろ始まっていました。一度荒らしてしまった田畑は、元に戻すのに何年もかかるのです。
農家の方たちの苦悩が、察せられます。
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「凍み大根」を煮てみました!“地産地消福島の宿”

広野町(緊急時避難準備区域)から当館に避難されているSさんは、自宅に帰った時、手作りの「凍み大根」を持って来てくれました。
ここ小名浜は、冬でも比較的温暖ですので、その名前は聞いたことがあったのですが、「凍み大根」を作ることは出来ませんでした。ぶつぶつ輪切りに切った大根に棒を刺して、冬の寒い頃に干し上げるんだそうです。 [全文を表示]

久ノ浜町の「ハマエンドウ」が?“地産地消福島の宿”

震災で海岸沿いのいわき市久之浜町は、津波と火災で壊滅的な打撃を受けました。
一時、緊急時避難準備区域(今は解除)にも設定され、いわき市の中でも翻弄されたところでした。
去年の今頃は、海岸いっぱいに「ハマエンドウ」の群生が、住民の目を楽しませていましたが、今年は、きっとダメだろうと思っておりましたら、一部津波に耐えて見事に咲いている「ハマエンドウ」が新聞に載っていました。(写真は去年のものです。)
あの「ツ・ナ・ミ」に耐えたんですよ!!!
人間が負けるわけには行きませんよね! [全文を表示]

お花を植えました!“地産地消福島の宿”

一人で避難されているおじいちゃん81歳のEさん、広野町では庭にいろいろな野菜やお花を植えて手入れをしていたそうです。ここに来てちょっと手持ちぶさたの様子でした。
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日本有数の「かまぼこ」の生産地でした!“地産地消福島の宿”

いわきのかまぼこの歴史は大正初期、無動力の和船による打瀬網漁法が発達し、原料となる近海魚(ギスなどの底棲魚)が飛躍的に増大したことに始まります。
海岸沿いの多くのかまぼこ工場が、揚げかまぼこ・ちくわ・なると・伊達巻き・包装かまぼこなどを競い合うように生産しており、中でも包装かまぼこ(板に乗ったかまぼこ)は、
生産量【日本一】を誇っておりました。
けれども今回の震災(津波)で多くの工場が被害を受け、操業できない状態になっています。
写真は、当館が朝食にお出ししているこだわりのかまぼこ屋「味の信和」さんです。
幸い被害を免れ、元気に営業しています。
「かんばれ!小名浜!。めざせ日本一!」 [全文を表示]

ホームページアクセス数の多かった【ワケ】は?“地産地消福島の宿”

ホームページのアクセス数を分析して見ると、3/12が通常の10倍、
4/12が5倍になっていました。
どちらも大震災の翌日と大きな余震のあった日でした。これは、当館のライブカメラで小名浜港の様子をご覧になった方が多かったからだと思います。
ライブカメラをクリックして、画面左の パン/チルトを前後左右に動かして見て下さい。小名浜港の様子がお宅のパソコンの画面でご覧になれます。同時に複数の方が操作している時は、後者優先です。
ただし小名浜港は、今 夜の点灯がありませんので、残念ですが夜景を楽しむことはできません。 [全文を表示]

今日話題の「川内村」は・・・。“地産地消福島の宿”

双葉郡川内村、今日住民の一時帰宅で取りざたされていますが、
人口3,000人に満たない山間の静かな農村でした。

モリアオガエルの生息地としても知られ、蛙の詩人草野心平の「天山文庫」でも有名です。
以前訪問したときも、時間がゆっくりと流れる心休まるところでした。

でも もう帰ることが出来ません! [全文を表示]

昨日は「母の日」でした!“地産地消福島の宿”

広野町からご家族で避難の小学3年生のSちゃんは、ここ小名浜東小学校に転校して、水色のランドセルを背負い当館から通っています。
昨日の「母の日」に久ノ浜のおじいちゃんの家のお庭から、「女将さんに、」ってお花を摘んできてくれました。
みんなの使う洗面所に飾ってみました。
「Sちゃん!どうもありがとう!」 [全文を表示]

「夏も近づく八十八夜〜♪」“地産地消福島の宿”

昔から「朝茶は、戻ってでも飲め!」と言われるくらい、一服のお茶は人の心を落ち着かせるものです。

5月2日は、八十八夜でした。これは立春から数えて88日目で、「八十八」という字を組み合わせると“米”という字になることから、この日は農業に従事する人にとって重要な日とされてきたそうです。

八十八夜に摘み取られたお茶は、古来より不老長寿の縁起物として珍重されて来ました。
お茶の新芽には、前年の秋からの一冬を越えて蓄えられた成分が詰まっているからです。

先日 富士市の石澤様から「新茶」が届きました。
広野町の避難の皆さまも、朝から「やっぱり新茶は、香りが違うね!」ととても喜んでいらっしゃいました。
石澤様 いつもお心に掛けていただき、心よりお礼申し上げます。
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起きて見てビックリ!!!“地産地消福島の宿”

何気なく窓の外を見ると、いつもと違う景色に驚きました。
市場前の岸壁に、津波で打ち上げられていた巻き網船を移動させるために来港の、日本に2、3隻しかないという巨大なサルベージ(クレーン船)が目に飛び込んできたからです。

多くの見物人が、珍しいその様子を見に来ていました。
この巻き網船、写真では小さく見えますが、70tくらいはありますので、いかにクレーン船が大きいかがおわかりいただけるかと思います。左後ろに「アクアマリンふくしま」が見えますね! [全文を表示]

おいしい卵が届きました!“地産地消福島の宿”

いつも届けてもらっている卵の卸屋さんは、津波の影響や養鶏場が20Km圏内でやむなく放置してしまったりで、安全な卵を集めるのが大変だそうです。

それを聞いた茨城に住む娘が、産み立ての卵を持ってきてくれました。
朝食に生卵で召し上がっていただきましたが、黄身が濃くとってもおいしかったと好評でした。
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「とっても悲しいことです!」“地産地消福島の宿”

このゴールデンウィーク中、多くのボランティアの方が瓦礫の撤去や整備などに手弁当、車中泊で駆けつけて来て下さり、本当に頭の下がる思いです。

一方 避難で留守にしているお宅にガラスを割って入り、物色したり、金品・テレビなどを持ち去ったり、そんな話を聞くと情けなくなります。当館に避難の方のお宅も昨日戻ってみると、ガラスが割られて入られていたと、がっかりして帰っていらっしゃいました。ご近所何軒かも同じ被害に遭っていたそうです。

また 津波でつぶれてしまった車の、ナンバープレートだけを外して持ち去られたので、急いで廃車届けを出された方もお出でです。(犯罪に使われたら大変ですから。)

こんな状況ですから、電気・水道の復旧されない家で、避難することなく不自由な生活をされている方もいらっしゃるそうです。

心身共に傷つき疲れた人から、これ以上何を奪おうというのでしょう!!!
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震災以来、忘れていました!“地産地消福島の宿”

いつもお花を生けることを欠かしたことがなかったのですが、地震があったり、断水があったりですっかり忘れていました。
避難でご宿泊のKさんが、藤の花を採ってきて下さいました。
小さな鯉のぼりの内飾りと一緒の飾ってみました。 [全文を表示]

今年のゴールデンウィークは!“地産地消福島の宿”

毎年ゴールデンウィークともなれば、“アクアマリンふくしま”や“いわき・ら・ら・ミュゥ”へ向かう車で賑やかですが、今年はさっぱりです。
諏訪神社や鹿島神社のお祭りも自粛です。

アクアマリンパークも津波の猛威に無惨な姿を見せていました。

それでも、一階が津波に持って行かれてしまった魚屋さんの、二階の食堂に営業中の張り紙が・・・。
がんばっています!!! [全文を表示]

お泊め出来ずにごめんなさい!“地産地消福島の宿”

いつも今頃の季節にご家族でお泊まりになられる、栃木の光村様、震災のあと何度もお電話を下さったそうですが、2週間後にやっとつながった時、お互いの無事を確かめ合って大喜びいたしました。 [全文を表示]

支援の輪は、ここ【いわき】から!“地産地消福島の宿”

3月の大地震の後、20年くらい前当館で働いてくれていた佐々木伸子さん(当時20歳位かな?)から、安否を確かめるメールがありました。今は結婚されて、ロスアンゼルスに在住9年になるとのことでした。

そのお嬢さんのStephanie Penafiel さんが、震災後すぐに校内に、「アメリカ赤十字に寄付をお願いします。」と、英語とスパ二シュで書いて支援を呼びかけ、まだ一年生なのに学校中で有名になったそうです。
ある先生方は、他州や、他国の知り合いにまで、見てもらえるようご自分のフェイスブックにも載せて下さったそうです。

支援の輪が広がっています!
世界中のみんなが応援してくれています!


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